心理的および社会的ストレスが避けられない現代社会において、多くの人々が精神的サポートを必要としており、その需要は年々高まっています。実際、厚生労働省の調査によると、精神疾患の診断を受ける外来患者数は過去15年間で増加傾向にあります。
精神科クリニックを訪れる患者は、診療内容や価格帯、評判などを総合的に考慮し、最も適したクリニックを選びます。そのため、新たに開業しようとしている事業者は、患者を獲得するために他のクリニックと差別化を図ることが重要になります。
この差別化において重要な役割を果たすのが「物件選び」です。物件選びには、立地やアクセスの良さ、院内の雰囲気といった診療内容以外の要素が大きく関与します。本記事では、精神科クリニックの物件選びについて、全体の流れや探し方のコツ、契約時の注意点などを詳しく解説していきます。
精神科の物件選びの流れ
物件選びには、実際に物件探しを始める前に、決めておくべきことや確認すべきポイントがあります。余裕を持ったスケジュールで、できるだけ早めに行動することが大切です。
また、クリニックの開業に際して、新たに物件を建てる場合もありますが、今回は賃貸物件を契約する場合の物件選びの流れを解説します。
1.事業計画の作成
クリニックをどういった規模で展開するのか、財源や収益見込み、コンセプトなどをまとめておきます。事業計画を事前に作成しておくことで、物件選びから外せない項目が見えてきます。
2.物件の希望条件を選定
事業計画の作成で見えた必要な物件の条件を、クリニックの特性も踏まえて決めましょう。好条件の物件であっても、売上に対して賃料が高い場合、長期的に経営を続けることは難しいため、売上見込みに対して払い続けられる賃料であるか考えておきます。
3.物件探し・内見
不動産業者と相談し、物件を選択します。開業したいエリアの知識が豊富な不動産仲介業者に依頼すると、スムーズに物件を探すことができます。物件を選択するうえで重要であるのが内見です。物件や賃料だけではなく、周辺環境や治安、アクセスの良さを確認し、安定した経営ができそうな物件を選択すると良いでしょう。
4.申し込み、審査
経営したい物件が決まったら、なるべく早く申し込む必要があります。申し込んですぐに契約が成立するわけではなく、賃料の支払い能力があるか、事業計画が妥当であるかなどの審査があり、追加で提出物を求められた場合はその指示に従わなければいけません。
5.契約締結
審査が通過してはじめて、正式な契約になります。契約書の条項を確認したうえで、内容に問題がなければ署名と捺印をします。
6.引き渡し
本契約後、鍵の受け取りが完了すると、物件の引き渡しが行われます。多くの場合、鍵を受け取った日が契約開始日で、引き渡しが完了したら機材などの準備を進めていきましょう。
物件を選ぶ前に事業計画で決めておくこと
適切な物件を選ぶためには、ビジネスの基盤となる事業計画を立てておく必要があります。ここで開業にあたっての方向性をしっかりと定めておかないと、物件探しで手間取り、コンセプトやターゲットに一貫性がなくなってしまいます。
計画の時間をきちんと確保して、充実した事業計画を作成しなければなりません。
ターゲット
事業計画において、ターゲットの設定は非常に重要です。ターゲット層を特定することで、クリニックの運営方針を効率的に決めることができます。たとえば、小児とその母親を対象にしたクリニックと高齢者をターゲットとしたクリニックでは、内装や診療内容、価格設定などが大幅に変わります。
ターゲットを絞ることで、クリニックは事業計画において具体的な目標を設定しやすくなり、効果的な運営戦略を策定する基盤が整います。
クリニックの雰囲気・コンセプト
雰囲気やコンセプトも、考慮すべき重要なポイントです。ターゲット層を意識して医院の雰囲気を決めることで、その層の患者が訪れやすくなり、リピーターの増加が期待できます。
例えば、高齢者をメインターゲットにしたクリニックでは、リラックスできる落ち着いた雰囲気が重要です。広い通路、十分な座席スペース、温かみのある色彩を用いることで、疲れやすい高齢者にとって居心地の良い空間を作ることができます。
しかし、雰囲気やコンセプトに過度にこだわると、内装工事の予算が大幅に増加する可能性があります。また、デザインが特定のターゲットに特化しすぎると、他の患者層が立ち入りづらくなることも考えられます。そのため、予算や他の運営要素とのバランスを考慮して、適切なコンセプト設定を行うことが求められます。
価格設定
光トポグラフィー検査、TMS治療などの自由診療を行う場合、価格の設定には特に注意が必要です。精神科の診療価格の設定には以下の要素が関わってきます。
・市場的にどのくらいの価格が適正か
・ターゲット層が無理せず支払える範囲か
・開業するエリアの診療単価との兼ね合い
・初期投資やランニングコストを差し引いて利益を出せるか
価格が決定すると売上見込みを計算できます。診療価格の設定は、事業計画の作成における必要事項です。物件申込後の審査にもかかわるため、慎重に進めましょう。
賃料の上限
以上の条件を総合して、払い続けられる賃料がどのくらいまでなのかを判断します。どんなに良い物件があっても、売上に対して賃料が高すぎると借り続けることはできません。軌道に乗るまでの賃料が事前に用意できるかも重要なポイントです。
賃料は往々にして「希望の賃料」「妥協できる賃料」「これ以上は絶対に払えない賃料」というラインが存在します。条件がいい物件を見ると心が動きやすいですが、上記3点をあらかじめ決めておいて、不相応な賃料の物件を選ばないように注意しましょう。
賃料の上限を決定することで、事業を始めるにあたって確保すべき予算がある程度把握できます。
物件選びのポイント
事業計画の作成で、イメージする物件の条件を洗い出したら、次は物件の探索を行います。ここでは具体的にどのような点が物件選びのポイントになるかを解説していきます。
立地
立地は物件選びにおいて非常に重要です。特に、都市部や人口密集地では競合が多く、慎重なエリア選定が必要になります。ターゲット層が利用しやすいエリアで、交通の利便性が高く競合の少ない場所を選ぶことが望ましいです。
また、精神科の患者は通院すること自体にストレスを抱える人も少なくありません。そのため、人目につきにくい立地を選ぶことも重要です。
周辺環境
精神科クリニックの物件選びでは、物件自体や立地の特性だけでなく、周辺環境も大きな要素となります。治安や地域の雰囲気、近隣の飲食店やオフィスの有無は患者の来院率に影響を与えるため、慎重な調査が求められます。また、他の精神科や心療内科の存在も確認しておくべきです。
物件情報には、売り込みに不利な情報は記載されていないことが一般的です。そのため、内見時には自身で周辺を歩き、患者が感じるであろう不安や違和感がないかを実際に確かめることが重要です。
面積・規模
精神科クリニックは大規模な設備が必要でないため、小規模な物件でも開業が可能です。しかし、診察数を増やしたい場合や解放感のあるクリニックにしたい場合は、ある程度の広さが必要になります。
一度に多くの患者を診察する大規模なクリニックにするのか、賃貸費を抑えた小規模なクリニックにするのかなどを踏まえて、理想の運営方針に合った最適な広さを見つけましょう。
物件の種類
クリニックの運営にもっとも影響するのが、物件の種類です。同じ賃貸の物件でも、さまざまな特性があります。
戸建て・テナント・医療モール
戸建て物件は、プライバシーを重視する精神科クリニックには最適です。独立した建物なので他のテナントの騒音に悩まされることもなく、クリニック専用の駐車場を設けることもできます。
テナント物件は、ビルやアパートの一室を契約する形で、立地によっては集患が期待できます。特に人通りの多いエリアでは新規患者を獲得しやすいですが、クリニックとしてのプライバシーを確保するための工夫が求められます。
医療モールは多くのクリニックが集まるエリアで、一度に多くの患者に接触する機会があります。共有設備を利用することでコストを削減できるものの、クリニックの個性を出すことが難しいです。また、診療時間や設備に関する制約を受けることが多いです。
路面物件と空中物件
路面物件は、1階にあり通行人の目に留まりやすいため、新規患者の獲得には有利です。しかし、精神科クリニックは患者のプライバシー保護が重要であるため、あまり目立ちすぎる立地は適していません。
空中物件は2階以上に位置するため、目立ちにくくプライバシーが守りやすいです。このため、精神科クリニックには特に適しており、予約制で運営するクリニックには最適な選択肢と言えます。
居抜き物件とスケルトン物件
居抜き物件は、以前のテナントが使用していた設備をそのまま活用できるため、開業初期のコストを抑えられます。ただし、これらの設備が精神科クリニックの運営に適しているかを確認する必要があります。
スケルトン物件は、既存の設備が一切ないため、内装や設備、間取りを自由に設計できますが、その分初期の投資額が大きくなるというデメリットがあります。しかし、精神科クリニックは大規模な医療機器が不要なため、スケルトン物件での開業は、低コストで他とは異なるクリニックを構築できる可能性があります。
物件の探し方
物件を探す際、インターネットの物件サイトで希望物件を絞り込み、サイト経由で不動産仲介業者に行く方法が、一般的かつ効率の良い探し方です。また不動産業者に理想の物件を相談することで、専門的な意見を得られます。
その他、該当するエリアの不動産会社を直接訪問する方法は、インターネットに上がっていない非公開の優良物件について教えてくれる場合があり、効果的な探し方です。また、エリアを自分で歩き、アクセスの良い空き施設を探してみるのもいいかもしれません。
急ぎで探さなくてはならない場合もあるため、その時の状況にあった方法で物件を探す柔軟さが必要です。
内見のポイント
物件を探す際、絶対に外せないのが内見です。データ上では好条件な物件でも、実際に内見に行くとギャップを感じることが多々あります。同時に、物件の希望条件を考えていた時点で気づけなかった、思わぬ重要ポイントや隠れたニーズを洗い出すこともできます。
物件そのものだけではなく、周辺環境を確認できるのも内見のメリットです。特に内見時に見ておくと良いポイントを以下に記載します。
【物件】
・入口の入りやすさ
・体感の広さ
・間取り
・設備内容
・コンセントの有無や数
【周辺環境】
・アクセス
・周辺の雰囲気
・競合施設の有無
・治安
・ターゲット層が歩いているかどうか
物件契約時の流れ・準備
審査を無事に通過したら、続いて物件の契約です。
契約内容を注意深く確認し、賃料や初期費用、退去時の手続きなどに関して問題がなければ署名と捺印をします。疑問点があれば、弁護士などの専門家に相談するか、不動産業者に質問すると安心して解決できます。定期借家契約や居抜き物件の譲渡契約など、ややこしい契約がないかあらかじめ確認しておきましょう。またテナントの契約時は、家主側と交渉して、クリニックにふさわしくない業種が同じ建物に入らないような特約を結ぶことがおすすめです。
契約後は、内装工事の依頼や必要な用品・機器の準備・購入を、時間に余裕をもって計画的に進めていきましょう。
まとめ
今回は精神科クリニックの物件選びについて詳しく解説しました。
物件選びは、クリニックのブランドイメージの構築や経営の成功のカギになります。一度決めた場所からの移転はかんたんではないため、慎重で丁寧な準備が必要です。経営者と利用者の双方が満足できるような精神科クリニックの開業を目指して、物件選びを進めましょう。
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画像引用元:RESERVA公式ホームページ
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